無真獣の巣穴

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前進するための後方確認 - Tell Me Why レビュー


※この記事には重大なネタバレは含まれませんが、細かなネタバレは大量にありますので、これからプレイする予定の方はご注意ください。特に作品内で情報を探すのが好きな方は注意。

 

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DONTNODによるアドベンチャーゲーム「Tell Me Why」先日クリアしました。発売してすぐ買ってすぐプレイしてすぐクリアしたゲームって、もしかすると人生初ですね。3章構成で1週間に1章ずつ配信される作品だったので、次の章が配信されるまでの間、先が気になってだいぶ悶えました。

この作品の主人公は双子で、トランスジェンダー男性とシスジェンダー女性という組み合わせです。トランス男性が主人公の1人!これだけで予備知識なしで買いました。Life Is StrangeのDONTNODだというのもありましたけど。映画やドラマではそこそこあっても、トランスジェンダーが主人公のゲーム作品ってかなり珍しいのでは。

 


ここで簡単なあらすじを。

かつてアリソンとタイラーの母親メリーアンはタイラーがトランスジェンダーであることを受け入れておらず、幼いタイラーが髪を短く切ったある日、その様子に激怒し、銃を持って彼を追いかけます。

桟橋に追い詰められたタイラーは持っていたハサミで母親を刺してしまい、メリーアンは湖に落ちて死亡。彼は正当防衛であったと見做されるもファイアウィードという施設に送られ、アリソンは顔馴染みであった警察官の元に引き取られることに。生まれてからずっと一緒だったアリソンとタイラーは離れ離れになってしまいます。

そんな2人が10年ぶりに再会し、実家を売るため家の片付けを始めます。しかしそこであるものを発見したことがきっかけで、2人は10年前の事件の真相を探ることになるのでした。

 


と、だいたいこんな感じのお話です。

最後までプレイしてみて、正直そんなに驚きの事実が出てきたり、見事な謎解きが展開されるわけでもなく、結構地味な印象を受けました。情報を集めてみたら、子供の頃には分からなかった母親の状況について解像度が上がった…という感じですかね。結構じんわりした味があって自分は好きです。

全体的に短めで、一気にやれば2〜3日であっさり終わる感じです。アクション要素はなし。ちょっとしたミニゲームがあったりはします。パズルを何度か解く必要がありますが、そのために長いゲーム内書籍を読まねばならないのがちょっと大変かな…と。どうしても読みやすくはないし、本当に長いので。

せめてもっと字が大きくできるか、読み上げてくれたらなあ。物語の全貌が見えてくると内容も違って見えてきますし、結構面白い書籍ではあります。

 


決して派手な作品ではないですが、地元の小さな町の「普通で親切な人々」の描き方は非常に鋭いものでした。

かつて周囲から見れば「女の子」であったタイラーが、こざっぱりした青年になって帰ってくるわけですが、早々にろくでもない反応を貰えます。トランスジェンダー当事者の方は要注意です。コントローラーぶん投げてモニター壊したら大変なので。

まあ、あからさまに酷い反応をされるのは最初だけで、その後はほとんどないですし、普通に男性として(少々ステレオタイプに…)扱われます。あんまり長々と酷い反応描くと当事者プレイヤーの命に関わりますしね。いや本当に。

 

デロス・クロッシングの町の人々は基本的には親切ないい人たちであるわけですが、情報を得ようと探りを入れることで、どんどん別の一面が明らかになっていきます。

と言ってもとんでもない悪党だったり物凄い秘密が出てきたりするわけではなく、「善良さ」をまとった「残酷さ」がぼろぼろと出てくるんですよね。この描写が非常に鋭いな!と思うのですが、ピンとこない人にはピンとこないものであるかもしれません。

 

ここでの「残酷さ」はどれもある意味分かりにくいものです。誰かにあからさまに侮辱的な言葉を投げつけたり、ひどく差別的な扱いをして苦境に陥らせたり…というものではなく、皆基本的にはよくしてくれつつ、本当の意味では助けにならないということ。むしろじわじわと追い詰めます。

さらにそれを追求されると「知らなかったから」「仕方がなかったから」「あれは決まりだから」「あの人は精神的に不安定だったから」と、自分の問題を振り返ることを避けようとします。そして過去を問おうとする2人に「もう前に進むべきだ」と促すのです。

「前進する」ということは作中で何度も言及されます。もちろん主人公たちも新しい一歩を踏み出すために実家を片付けに来てるわけですし、町の人たちは忌々しい事件を忘れたいのです。しかし、主人公2人は無視できないものを発見してしまったために、過去を追求していきます。

 

実のところプレイヤーとしても過去は忘れて早く新生活を送ったらいいのでは!という気持ちではありました。しかし、自身の都合の悪いことには目を背け、主人公たちに「前進」を促すうわべの優しさを目にするうちに、むしろ誰もが自分を振り返らないことの方に対して違和感が大きくなっていきます。

 

この作品には「自分を振り返ることなしに本当の意味での前進はできない」というメッセージが強くあるかもしれないですね。自分の行いや振る舞いを振り返ることなく「もう前に進もう」とだけ促してくる大人たちの有様はとても醜いものです。

過去を掘り返さず、波風立たせない都合のいい存在のままであれという抑圧。その根底には変化に対する忌避や放棄も見え隠れしています。また、前進のために対立が避けられないことも非常に重要です。

どちらかといえば自分はもうこの主人公たちよりは町の人たちの立場の方に近いんじゃないかなあという気がしますし、彼らの態度の描写には思うところが多々ありました。

意図したものであれそうでないものであれ、誰かを追い詰めてしまうような「一見親切な残酷さ」は自分にもあり得るということですね。

 

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この作品の人間関係はなかなか複雑でしんどいですが、アリソンの勤め先の同僚マイケルの存在は癒しですね。彼もまた複合的なマイノリティなのですが、やはり苦労は多いようで「生き残ることも一種の抗議の形」とのこと。泣ける。

他にも信頼できる人物はいますし、選択によるかもしれないですが、誰もが何も変わらないわけではありません。まったく希望がないわけではないってことですね。

 

それにしても過去の事件、当事者たちにとってトラウマになってしまった出来事を掘り返すのは危険なことでもあるわけで、アリソンがパニック発作を起こしてしまう場面はつられてこっちまで息苦しくなりそうでした。パニック発作などを実際に持ってる人はプレイに注意が必要かもしれません。

自分自身が壊れるまで過去を振り返ればよいというわけではなく、信頼できる人が必要だし、時には専門家などの助けを借りることが必要だというメッセージも作中には含まれています(そして地域によってはそれが難しいことも)。

 


ところでこのゲーム、同性同士のロマンス要素があり、心がくさくさしてるところに染み入る感じでよかったのですが、展開的にそれどころじゃなかったのでゆっくり見れませんでした。各チャプター、場面ごとにリプレイできるので、そこで色々選択を試してみるのも面白いでしょうね。もちろんロマンスしないこともできます。

トランスジェンダーや同性愛などの要素(それ以外のマイノリティでもそうでしょうが)があると「ポリコレに屈している」「押し付けがましい」といった見方をされることが割とありますが、むしろ作品のメインとして存在するのはシスジェンダーのみ、恋愛は異性のみ、という圧力が大きすぎるんだと思いますね。「普通」の圧力はあまりに大きすぎて見えにくい。

 

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自分自身、マイノリティが作品の中心に存在することは大事なことだと頭では理解しつつ、この作品を実際にプレイするまではそんなにしっくりきていなかったかもしれません。

自分はトランス男性ではないですが、まあ近いようなところにいるためか、トランスジェンダーの主人公を操作できるのって想像以上にすっごい嬉しいな!?と、まず思いました。自分がキャラメイクした以外で「自分に少し似ている」と思える存在をゲームで見ることというのが皆無だったので、自分でも予想できなかった感慨がありました。

実のところ、「自分に少し似ている」と思える存在が物語の中にいる、それも中心に立っているという経験は、想像以上に重要なものだったのではないでしょうか。

自分は物語においての共感能力がかなり低い方だと思っていたんですが、もしかして共感できるような存在が物語の中に描かれてこなかったからなんじゃないか?ということを、この作品をプレイして初めて思いました。上手く言えないですが、とにかく今までにない感覚を味わいましたね。

 

最近は多様性を強く意識した作品が多く出てきてますが、結局マジョリティの主人公の引き立て役、世界観に深みを持たせるためだけの存在であるように感じていて、やっぱりマイノリティが中心に立った物語はかなり必要だと思います。マジョリティが物語から当たり前に経験できることを、マイノリティは経験しづらいんですよね。身をもってよくわかりました。

 

 

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最後に、このゲーム、景観が本当にいいです。音楽もいいですしね。あんまり長居したくない実家だし、なんとも複雑な気分になる展開続きでゆっくり味わえないかもしれないですが。

ジュノーでの新生活をDLCでプレイできたりとか、ないですかねー。

あとひとつだけ気になるんですけど、なんでraccoonをタヌキって訳したのかが謎ですね。姿、どう見てもアライグマですから!っていうかアラスカにタヌキは多分いない…